「日々考え方が変わるんです」 創業130年の老舗 山口旅館が抱える再建のジレンマ

「日々考え方が変わるんです」
創業130年の老舗 山口旅館が抱える再建のジレンマ
2016-06-21 南阿蘇村垂玉温泉 山口雄也
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本震があった日は大津町の自宅にいました。
前震とは揺れの勢いがまったく違い、ここでこれだけ揺れたのだから山奥にある旅館はどうなっているのかと、すぐに心配になりました。

旅館にいるはずの父と母、そして姉にすぐに連絡を取りましたがしばらくつながりません。LINEだけが唯一つながり連絡が取れ、とりあえず怪我人もなく全員が無事だということはわかりました。停電、そして電池もない状況だったため最小限のやり取りでしたが、その後も大きな余震が発生していたため、とても不安で気が気じゃなかったです。

そうした状況の中、自分も家族を守りながら住んでいるマンションから出て、近所の人たちと近くの公園に避難しました。何を話すわけでもなく、ただただ時間が過ぎて、その中から親戚の家などに向かう人も出てきました。一人減り、二人減り。正直な話、自分もそうした考えが頭をよぎることもありましたが、旅館のことがあるので離れることはできない。そう家族にも伝えてその場に残ることを決めました。

旅館側とのやり取りは続け、道路が埋まって孤立状態になっている事もわかりました。当時、熊本にいた方ならわかると思いますが「大きな地震がもう1回くるのではないか」と感じていましたし、実際に本震ほどではないにしろ大きな余震が頻発していました。さらに、次の日から雨が降る予報もあったため、建物もそうですが、山も持たないのでは…と本当に心配になり、一刻も早く、救出されることを願っていました。

何よりお客さんのことがありますので、そこだけは絶対に何としてでも無事に帰さないとなりません。色んな意見があるとは思いますが、とにかく誰でもいいから助けて欲しいという思いが強まり、facebookに孤立している事を掲載したり、連絡があったマスコミの方にも、無理だとはわかっていてもマスコミが飛ばしているヘリでそうした事ができないのか相談したりしました。この時はもうこの事だけで精一杯でまわりをみる余裕はなく、ラジオもテレビも一切見ていませんでした。

自衛隊のヘリが救出に入ったのが夜が明けて日中の14時頃です。自分や現場の家族も吊り上げでの救出をイメージしていましたが、実際には付近の電線をきってそのまま輸送用のヘリが着陸しました。そこにいた全員がそのヘリに乗り込み無事に救出され、この様子は全国的にも生中継がされていましたので、僕も車のテレビをつけて確認をしました。

その後、はじめて宿に向かったのは2週間ほど経ってからです。
当初は土砂崩れの影響でもう道がないと思っていたので、当面宿に向かうのは難しいだろうと考えていました。それが近所の清風荘さんから、車で行けるところまでいき、そこから歩いても30分位で着くことを教えてもらい、実際に歩いて向かってみたんです。

宿の被害は甚大で宿の裏手にある山がごっそりと落ち、名物だった露天風呂の目の前にあった滝も完全に削ぎ落ちていました。場所によっては土砂崩れ防止の擁壁ごとすべて流された場所もあり、山の地形が極端に変化した状態になっていました。ただ、そうした宿近辺の状況は航空写真などで確認はしていたためそこまでの驚きはなかったのですが、歩いて行く道もごっそり落ちていたり、途中で見える烏帽子岳の稜線という稜線が崩れていた様子は本当に衝撃で、想像を遥かに超えていました。


※googlemapで付近の様子が確認できます。

こうした地形でしたので、今までも災害が頻繁に発生していた場所ではあるんです。垂玉温泉は200年以上の歴史があり、山口旅館も創業130年と歴史があります。山口旅館以前でいえば、村史に大雨で流された温泉を村人が直したといった記述がありますし、旅館の歴史でいえば昭和28年6.26水害というものがあります。この水害は熊本全域で甚大な被害があり、山口旅館も土砂崩れで全てを流されました。昭和55年にもそれに近い被害があり、平成24年の九州豪雨もありました。地形が地形ですので災害は度々あったんです。

そうした歴史があるので、水害で何かがあるかもしれないということは心のどこかに常に置いており、覚悟はしていました。例えば大雨の時は危険なので露天風呂はクローズをする、といった予防策もしていたんです。

しかし、これだけの地震が来て、まさか山がごっそりと落ちてくることは考えてもいませんでした。前震の時もそうです。ほとんど被害もなく、ボイラーの配管が外れてシャワーが使えない点以外は営業にさほど支障はない状態で、シャワーの件もお客様に説明した上で来ていただきました。今になって思えば前震があった時点で全てのお客様をお断りしていれば…と常々思ってはいるのですが、さらにもう1発くるとは正直想定はしていませんでした。認識が甘いと言われればそれまでですが、結果10名以上のお客様を取り残す結果となってしまいました。

さらに滝壺のそばに泉源があり、その上部には土砂崩れの予備軍が控えている状況です。どこで歯止めがかかるのかも未知数ですし、その下に何かを作ったとしても雨のたびにどすどす積もる状況になるはずで、今のままでは現実的に不可能です。お客様に万が一のことがあってはなりません。

そうした状況を鑑みた結果、すぐに何かができるレベルではないと判断しました。建物や土砂崩れもそうですが、まず道がないことにはどうすることもできません。1年以上かかるのか、それ以上かかるのか、その時にある程度の事は覚悟しました。

ただ、幸い温泉も水源も無事だったんです。
だいぶ様変わりしてしまいましたが、滝も残ってはおり、ある意味特徴的なワイルドなものになっています。そうしたものを軸に、皆さんに提供できるものを生業としてやっていく、そうした事自体にはあまり戸惑いはありません。

しかし、最終的にどういう形にしていくのか、という点に関しては迷いがあります。まず第一に安全を確保できるのか、という問題があります。今崩れているところはもちろん、崩れていないところは果たして大丈夫なのか、調査を行い、問題がない場所が敷地内にあるのかどうかの確認をする必要があります。

次に旅館という形を取ることができるのかどうか、これも大きな悩みです。災害が起きる可能性は昼も夜も大差はないと思うのですが、発生したタイミングが昼と夜ではやれることはだいぶ変わってきます。お客様を泊まらせるということは、それだけリスクが伴うことになるため、そこは考えなければなりません。更に雇用の問題など震災前から抱えている悩みもあります。

グループ補助金に関してもこうした状況では締切までに事業計画を作ることはとても難しく、中身を考えるだけでも本当に悩みます。

期待して声をかけてくれる方に対しても申し訳なく思うところもあります。やりますよね、がんばりますよね、と言われて、どうなんですかねとも言えません。もちろん、無理だとも思ってはいませんが今は何とか前向きな言葉を伝えているのが現状です。

それは同じ旅館仲間の方にもそうです。みんなが前を向いていこうとしていますし、僕も前を向いてはいます。やろうやというのも大事なことだとも思います。ただ、そこには若干のジレンマがあることも事実です。

一方で地震があった後、地域の方からみてもらっているということはひしひしと感じています。地震がある前までは、僕はここで生まれ育った人間ではないので、地域に対して人より希薄だった部分があります。地震があってから、地域の方や役場の方にも大変お世話になり、そして南阿蘇村のいろんな地域の方に見てもらっていることを感じました。

南阿蘇村は橋が崩落し、トンネルも使えない状態ですので先を見越すとだいぶ時間がかかる場所になります。今までは旅館もそうですが、色んなお店や、お土産屋、カフェなどの飲食店も頑張っていて人の流れというものがありましたが、そうした人の流れは元の状態に戻った時に本当に戻るのだろうかというのもありますし、現状ではよほどのものがないと来てもらえないような場所になってしまっています。

そうした状況の中、何をするのかはっきりとはしていませんが、ここに人が来て地域にお金が落ちる仕組みというものを探すことが大事になってくると思います。

日々考え方があっちにいったりこっちにいったりします。
補助金の説明会に行き、聞いている時にはこれを使ってこうしようと考えたりもしますし、雨がごんごん降っているとまた考えは変わります。今はそうした状況なんです。

今1つだけ必要なことをあげますと、色んな人の意見やアイデアが欲しいです。
旅館業のことであればある程度ノウハウはありますがそうした旅館業から切り離した考え方や、グランドデザインから助言をいただけると嬉しいです。時間があればうちの現場を見ていただいて、こうやったら面白いんじゃないか、といったアイデアも貰えたらいいですね。また、土木や建築家など専門の方の意見も聞きたいです。この地形ならこうした使い方ができます、といった具体的なアドバイスをいま必要としています。

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山口雄也
垂玉温泉山口旅館8代目。熊本市で育ち、大学進学の際に上京。東京で就職し、27歳でUターン。家業である山口旅館へ。現在は専務として旅館の経営を行う。昭和55年12月18日生まれ。

垂玉温泉 山口旅館(現在休業中)

業種 温泉旅館
営業時間
定休日
郵便番号 〒869-1404
住所 熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽2331
電話番号 096-343-4648
FAX 096-343-4648
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再開予定 見通しが立っていません。様々な可能性を検討している段階です。
現状報告 ブログに2016年5月16日現在の情報を掲載しています。
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インタビュー・テキスト・撮影:三上和仁
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